ハムブログ


おやすみ、希助。

おはようございます。いつもブログをご愛読いただき、ありがとうございます。
今日は皆さんに、悲しいお知らせをしなければなりません。

昨夜、イエロージャンガリアンの希助が亡くなりました。
日付が変わったばかりの本日11月30日の深夜のことでした。
2歳5ヶ月と少し。人間でいうと、98歳くらいでしょうか。

実は、この3日ほど前から希助のようすは急変しました。
正直、その時に私はもう数日以内にその時が来るのを何故か理解していました。
不思議なもので、きっとその瞬間に立ち会えることも分かってました。

でも、考えていた「死」とは程遠い最期になりました。

私は勝手に、希助は老衰で穏やかに眠るように旅立つと信じていたんです。
実際は、数時間もがき苦しみ、のたうち回り、地獄なような苦しみの中、絶命しました。

今日このブログに書くことは、ただの事実です。

私は今、まだ気持ちに整理をつけられずにいます。
看取り方を、誤った気がして自責の念に駆られています。
今もまだ、私のすぐ側には冷たくなった希助がいます。

あまりにも凄絶だった夜が、ショックすぎて、こんな事を書くのも書くタイミングも何もかもおかしいと思うのですが、このブログを始めたきっかけは他ならぬ希助です。
細々とやってきたブログですが、最近では非常に多くの方にご覧いただき、愛してもらってきました。

だからこそ、まずはご報告をと考えたことと、この終わり方について、どうすれば良かったのか、教えてほしいんです。

誰かに何か言ってもらわないと、どうにかなりそうなんです。
罵倒でもなんでもいい。どうすれば良かったのか分からないんです。
泣いたり、放心したり、おかしくなりそう。

希助は、幸せだったんでしょうか。

********************

希助についての記事は、皮肉にも昨日が最後でした。
このブログは、基本的に週末に撮りためた写真を少しずつ公開しています。
あらかじめ記事を用意して、自動投稿にすることがほとんどです。

なので、昨日の記事の希助は、先週末の希助です。

何度もお知らせした通り、希助はひと月ごと、一週ごと、一日ごと…と徐々に加速しながら、老化していました。
健康を徐々に損ないつつも、私はそのようすを見守り続けていました。

2歳目前の今年5月、希助はかなり憔悴していました。
その時病院に行った結果は、脾臓に腫瘍か炎症がある、との疑いでした。
腫瘍の場合、年齢的にも治療は最善でなく、余生を見守ってあげてほしいとのことでした。
炎症ならまだ望みがあり、腫瘍の場合は副作用にもなり得る炎症用の薬を、半ば「賭け」で服用させました。
服用のリミットは4日。効かないなら腫瘍に差し障るから即中止の条件、でも希助は「賭け」に勝ちました。
そう、順調に回復したのです。
酷ですがこの時、『腫瘍だった場合はいずれ内臓を圧迫し、破裂し、大量出血で死ぬかもしれない』と言われていました。
想像しただけで辛かったし信じたくない未来だったので、ブログには書かなかったことです。

6月、奇跡的な2歳を迎え、以後は元気は取り戻しつつも確実に身体を蝕む老化をほんとうによく見ていました。
そのようすを見ていて、この先調子を崩しても正直病院に連れて行くつもりはありませんでした。
これは夫婦でも決めていたことで、むしろ通院のストレスも心配でしたし、基本的に通っていた病院でも、別の病院でも、2歳以降は決まって「見守る」が先生たちの答えだったからです。

だから毎日希助の変化を見つつ、ある意味でいつでもお別れを覚悟しながら私は過ごしてきました。
 
 朝目覚めたら、希助を見る。「生」を確認し、安心する。
 夜帰ったら、希助を見る。「生」を確認し、また安心する。
 今日も生きた。生きてくれた。まだ側に居てくれている。嬉しい、ありがとう、出来れば明日も会いたい。
 その繰り返しの毎日。

この土日、私は親しい友人の結婚式が2日連続でありました。
この土日はブログを書けないから、先週の土日に3匹の写真を撮り、一週間分くらいの記事を書いておいた。
その時に希助を見ながら、なんとなく、来週(この土日)に不安を覚えていた。

予感は的中していたように思う。

希助の「右目」は、若い頃から繰り返している炎症がついに自然治癒できなくなり、数ヶ月閉じたまま。
長いこと「左目」だけで過ごしてきたけど、この一週間ほど、「左目」が白内障になった。
数日後、唯一だった視力「左目」に不便を感じたのか、こっちも閉じるようになった。
両目をつぶり、鈍っていそうな嗅覚とヒゲの感覚で、食事をしていた。
不思議と何日か食欲旺盛で、体重は43gと良好だった。

あれ?と思ったのは、木曜・金曜あたり。

ヨタヨタヨロヨロしていた希助が、いつものように横転したけど、自分で起き上がれなくなっていた。
片方に倒れてしまう。
起き上がろうとして、仰向けになって、疲れて、少しそのまま休んで、またもがいて…
私は身体を起こしてやりながら、この時、冒頭に書いたことを直感した。

きっとあと数日だ。

週末の結婚式で家に居られないことは分かっていたけど、わたしの留守中に希助が眠ることはない、とも確信していた。
そしてその結婚式は非常に大事な友人の式でもあり、希助を気にかけながら、わたしは金曜日はずーーーっと友人スピーチの練習をしたりしていて、傍でなんとなくでもまだ確実に希助を感じながら、まずは式の準備をしっかりしていまいた。

土曜になり、わたしは東京へ発ちました。希助の異変は旦那に伝えてありました。
わたしが発ってまだそんなに経たない午前中のうちに、旦那から「希助のようすがおかしい」って連絡がありました。
全然寝ないのだと。もともと老ハムの割に全然寝たきりじゃなくて、短い眠りと起床を繰り返していたので、それはよく見ているわたしにとってはいつものことでした。
その後も旦那は希助を気にかけてくれていました。

土曜の結婚式は無事に終わり、翌日・昨日日曜の式も無事に済ませることができました。
昨日の夜8時頃に帰って希助を見てみると、ぐっすり寝ているようでした。
留守中の話を聞くと、自分でごはんは食べているとのことでした。
まだ大丈夫かな?と思いつつ、わたしは新たにこの日の食事の準備をしました。
いつもは匂いを嗅ぐとそれなりに興味をもってくれるんですが、まだぐっすり眠ってるようで、しばらくそっとしておことにしました。

結婚式の余韻にひたりつつ、希助も一応ぐっすり眠ってることに安心しつつ、疲れを落とし、私自身2日のハードスケジュールで体調を崩していたので、早く寝ようと思ってました。
9時頃、さあ寝ようというところで、なんとなく希助が気になって、ようすを見てみました。

ぐっすり眠るにしては、ぐっすりし過ぎている。身体は脈打ってるけど、ぐっすりし過ぎている。

不安になり、希助に触れました。身じろぎもしない。
撫でてもみました。反応しない。
ゼリーを、ふやかしペレットを口元に持っていく。嫌がる。
蜂蜜水を飲ませようとする。飲まない。
体制を整えたりしてやっても、すぐ倒れちゃう。だめ。
よく見れば数秒ごとに、意思に反して身体が動いている。痙攣している。

希助はもう、自分では生きられなくなっていました。

********************

わたしは、もう今日だな、と悟りました。
旦那にも見てもらった。同じことを言っていた。

具合も悪いし、早く寝たいと思ってたけど、そんなのぶっ飛んだ。
わたしはいつ希助が眠ってもいいように、夜通し起きていることにしました。
どちらにしても、式の疲労で次の日体調面で仕事にいけると思えなかったのもあって。
旦那は仕事があったので寝ることになり、わたしはひとりでその時を待つことにしました。

観察していると、希助の痙攣はずっと続いていました。
足だけビクッとしたり、手だけが異常な震えをしたり。
少し苦しそうでした。

体制が辛いんじゃ、と思って立て直そうとしたけどやっぱりダメで、よけい辛そう。
左側に倒れていたので、わたしから見える顔は数ヶ月開いていない右目だけ。
しばらく見ていたけど、段々もどかしくなってしまいました。

今思えば、ここから先の私の行動が、いけなかったんじゃないか、と悔やんでいるのです。

希助は、老後撫でられることを受け入れてくれ、気持ちよさそうにしてくれることが多かった。
今苦しいなら、せめて撫でてあげたら緩和するかもしれない。
でもさっき身体を立て直そうとしたら辛そうだった、どうしよう?

だけど残された時間は僅かにしか思えなかった。

私は、ハムスターの最期は寝床か手の平かで言えば、寝床の方がいいと思っていました。
だけどこの時、手の平に迎えて、包み温めわたしの手で体制を調整しながら、撫で始めました。
「嫌だろうか?喜んでくれるだろうか?」
分からなかったけど、そうしました。

不安そうに顔を覗くと、希助は気持ちよさそうな顔をしました。
いつもの、わたしが撫でるとしてくれる気持ちよさそうな顔。
この3日ほど閉じた両目のうち、白内障を患った白い丸が残る「左目」を開け、わたしを見つめてくれたんです。
見つめながら、気持ちよさそうに目を細めたり、でもまた視線を合わせてくれたり…
思い上がりもあると思いますが、勝手に、希助からの最後の気持ちを感じた気がしました。

若干、痙攣も落ち着いたのです。
わたしは嬉しくなって、「そっか、良かった、気持ちいい?このままゆっくり、ゆっくり、ね」て撫で続けました。

するとさらに、不思議なことが起こり始めました。
長いこと閉じていた「右目」も、開きだしたのです。
炎症のカサブタで閉じた目が開いたせいか、出血し、ウサギのように真っ赤な「右目」でした。
徐々に両目がパッチリと開き、眼球は「赤」「白」とおかしいのに、つぶらな瞳のようすが久しぶりに若い頃の希助の顔でした。
ある意味二度と両目がパッチリ開かないと思っていたから、最後の奇跡かと思いました。
正直、このまま眠るように、希助はゆっくりとわたしの手の平で穏やかに亡くなっていくのだと思っていました。この時までは。

でも、その後が大変でした。

希助は再び痙攣に襲われ、苦しみだしました。
わたしの手の平の中で、もがき、もだえ、震えていました。
わたしは動揺してしまい、2、3度ケージに戻したり手の平に戻したりしたんですが、この苦しみと闘っている希助をわたしの手の中で看取ろうと思い、手の平で声をかけながら希助をみていました。
なんで?どうして?こんなに苦しそうな希助いやだ、解放してあげたい、なんで?名前を呼ぶことしかできない。

あっという間に容体は悪化し、本当に本当に苦しそうに痙攣し、もがいていました。
呼吸も困難になっているようで、口をパクパクさせながら、声にならない声で鳴いていました。
正直パニックになりながらオロオロと手の平の希助の痙攣を感じていましたが、
数秒か、数十秒か、数分経ったのち、「異常なこと」が起こりました。

もがき苦しみもだえ暴れ、苦しみか、痛みか、何かが盛大に希助を襲ったようで、
希助の全身がぴーんと緊張したかと思うと、目が、両目が、見開くどころか、飛び出てきました。
正直落ちるとしか思えないほどに、です。真っ赤な右目、白い左目が、本当に飛び出ていて、身体が伸びている。
パニックな上にあまりの光景に、手の平でわたしが殺めているような錯覚を覚え、恐怖しました。でも、動けない。
わたし自身、声も出せない。

その数秒後、緊張がとけ、目は戻り、希助は瞼を閉じました。

「終わったの…?」
そう思った間もなく、わたしの右手に伝う水気。

希助は、失禁していました。

ハッとして、まず一旦ぐったりした希助をケージに戻し、手を清潔に洗ってから、急いでまた希助をみる。
先ほどの異常な出来事、失禁、もう、もう本当にだめなんだ、終わりなんだと思った。
なんであんなに辛い想いを…泣きながら、もう動かしたくなくて、ケージの中でまだ微弱に痙攣する希助を眺めていた。
もう、やっと解放されるんだよねきっと…希助、がんばったね、辛いね…

でも、でも、まだ、終わらなかった。
神様がいるとしたら、なんでこんなにむごい最期を希助に与えたのかと、問い詰めたいくらい。

微弱だったはずの痙攣が、また一段と激しくなった。
希助はさきほどの凄絶な苦しみ以上に苦しみ始めました。
もう息ができない、苦しい、苦しい、苦しい、そんな風に言いたいのか喚きたいのか、また声なき声で枯らせながらなき、もう活発に動くことなんてなかった手足が、ホイールを走るときのようにひっくり返ったまま激しくバタバタ動きだし、空を駆け、もだえ苦しみ、のたうち回り、鳴いているのです。

深夜にも関わらず、泣きじゃくりながら名前をよんだ。
パニックになって、大泣きしながら旦那を起こした。

希助が苦しんでる、ずっと終わらない、かわいそう、もうやだ、やめてほしい、希助が辛そう、そんな風にもう何もできなくなっていました。
そして旦那がきて共にそばにきて僅かのうちに、希助は本当に一番の、この世の苦しみ全てを受けたのではないかというくらい、苦しみ、右足だけが伸び、全身が緊張して、一瞬の静けさの後、絶命しました。
その様はまさに、「苦痛に心身が限界を迎え」ぷつ、と切れたという状態です。

ひどく辛そうな顔で、希助は逝きました。

そして「生」を失った瞬間、魂が抜けたように、伸びた右足も、身体全体も、ゆっくりと止まり、萎んでゆき、硬直しだしました。

わたしの考えていた最期をはるかに裏切る形で、希助が亡くなってしまった。
別れは覚悟していた。そこに名残はない。
でもこんな凄絶な最期は覚悟していなかった。受け入れられない。

*********************

静かになった部屋で、わたしと希助が散らかした床材を片付けながら、放心しました。
こんなに大きなショックを受けたことが初めてなのかもしれない。
誰かに今すぐ聞いてもらいたいような、落ち着いてから話したいような、でも落ち着ける気がしない、前に進める気もしない、どうしようもなくなって、深夜に関わらずハム友さんに訃報を知らせつつ、話をしたり、できなかったり。

もちろん、あんまり眠れていません。

頭をよぎるのは手の平の異様な光景と、最期の最期まで地獄を這いずり回ったかのような希助の姿。
どうしてこうなったの?
最初からこういう最期って決まってたの?
身体を動かしたり、手の平に乗せたり、撫でたりしなければ穏やかに眠れたんじゃないの?

どう考えたって、老衰ではなく病気で亡くなっていた。
病気自体を患っていたとしても、それは仕方がなかったと思ってる。
これが前に先生がいっていた、ひどい最後のことだったのかもしれない。
でもその頃はよくなっていたし、いやでもまた別の似たような疾患を患ってたのかもしれない。

ただ、それに対して最後にとったわたしの行動が、希助に安らかな眠りを与えなかったんじゃないか?

わたしは、どう接するのが正解だったんでしょうか。
皆さんなら、どうしたんでしょうか。

旦那は、優しいから、優しいことを言ってくれます。

 希助は、がんばったんだ。
 わたしの帰りを待ってた。
 最後まで、苦痛と闘ったんだ。
 幸せだった、わたしのこと大好きだった、って。
 お疲れ様って、おやすみって、言ってやらないと、って。

でもまだちゃんと言えない。
ごめん、しか出てこない。

一番身体が厳しいときに、最大の苦痛を味わわせてしまった。
きっと二度と忘れられない一夜。

ほんとうに、どうにかなりそう。
こんな事をブログに書くなんて、よくないと思ってるんです。
誰が読んだっていい気がしない内容。
そんな事細かにかく必要のない内容。

でも愛してもらっていたからこそ、ちゃんと知ってもらいたいとも思った最期。

同時に、わたしが間違っていたところを叱ってほしい。
こんな終わり方、あるの?

春にいずもを亡くした。
この数ヶ月の間にも、大事なハム友さんのハムちゃん達が亡くなってしまうのもたくさん聞いた。
もちろん平等に悲しく寂しいこと。
でも、こんなに酷い終わり方を聞いていないし、知らない。

希助は、幸せだったんでしょうか。

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【追記】
本当に本当に取り乱した内容をアップしてしまいすみません。
この記事を書いてから、少し冷静になり、悔いはまだ拭えないものの、まずは希助の最後の頑張りを称えなければいけない、と思いました。
わたしは希助が大好きだった、お疲れ様、大変だったね、苦しかったね、がんばったね、もうゆっくりしてね。
わたしの所に来てくれてありがとう。希助は幸せだった?わたしはとっても幸せだった。
そんな言葉をかけながら、撫で、お別れを言い、いずもの眠る墓を掘り、いずものすぐ側に寝かせてやりました。
向こうには、いずもが先にいるからね、希助ひとりじゃないよ、良かったね。
最近では食べられなかったひまわりの種やコーン、ナッツ類を持たせてやり、いずもはもう食べちゃってるから、分けてあげてね、仲良く、いつかまた逢える日まで待っていてね、と。

時間がかかるかもしれないですが、
希助が一生懸命に生きた、という事実は変わりません。
わたしに膨大な幸せを運んでくれたことも。
悔いても、泣いても、それ以上の感謝をわたしは希助に捧げなければなりません。

本当に大好きだった。
おやすみ、希助。

この記事に64 件のコメント

  • ココ より:

    通りすがりですみません。我が家では今、もう何代目になるかな・・・通算11匹目の女の子のジャンガリアンハムスターがいて、それこそ今、最期の時を迎えようとしています。

    1週間前くらいから急に様子がおかしくなり始め、良くなったりすることもあったため、夏バテだったのかななどと思っていましたが、数日前から、いかにも、最期が近づいているかのような状態に陥りました。

    もう、生まれてから2年ほど経つ子で、けれど、それまではとてもとても健康的な生活を送り、本当におばあちゃんなのだろうかと疑うくらい元気だったので、もしかして3年生きちゃうかも?なんて飼い主のエゴが生まれるほど健康でした。

    けれど、これはこの子が持つ生命力、寿命なのだと思い、受け入れようと決心しつつ、やはり考えたくはありませんが、もうすぐ訪れるであろう別れはつらいです。

    でもそれ以上に、死が近づき、、、呼吸が荒く、口をパクパクさせ、時々痙攣し、動けないのにのたうち回り、こんなに苦しそうな姿をし、それでも懸命に生きようとする姿をみることの方がつらく、、、涙が止まりません。

    延命治療や病院に連れて行くことは、この子にとってストレスになりかえって良くないこともわかっているのでそれは望んでいませんが、けれど、どうにかこの苦しみを少しでも和らげて逝かせてあげたい。なのに、何もできない。何もしないで、ただただ愛情を注ぎ、見守り、この子が安心して旅立てるように環境をととのえてあげることが最善であり、そうすることしかできないのもわかっているのに、、、苦しくて仕方ありません。

    今までのはむたちは、どちらかというと突然具合が悪くなったかと思うとあっという間に亡くなった子が多かったため(まだ子どもで幼く記憶がないのかもしませんが・・・)、こんなに苦しんで最期を迎えようとしている子は初めてで、、、本当につらく、戸惑っています。

    何もできないけれど、どうにかしてできることはないか、少しでも楽に逝かせてあげられる方法はないのか、、、気付いたらその検索ばかりをし、そして、このぼんぼりさんの記事にたどり着きました。

    記事を読みながら、涙が止まりませんでした。それと同時に、私よりもつらい想いをされているのだと思い、私もしっかりしなくてはと思いました。

    今回のうちの子は、この時になっても触られるのはイヤなようなので、なるべく触れずにそっとしておいてあげていますが、
    時たま、「つらいね」「苦しいね」「今までよく頑張ってくれたね」「ありがとうね」「楽になりたいね」などと声をかけたり、つたないヒーリングをしてみたり、とにかく愛情を向けてあげたり、、、そんなことをしてあげるようにしています。
    その度に、涙が止まらないけれど。。。

    ハムスターは寿命が短く、お別れが早くくることもわかっているのに、その度につらいのに、それを忘れてしまうくらい愛らしいことをたくさんしてくれて、色んなことを教えてくれるはむちゃんたち。

    これを書きながら、少し気持ちが落ち着いてきたので、残りの時間を、大切に過ごしたいと思います。
    こんなことを書き込んでしまってすみません。。。でも、記事やコメントを拝見させて頂き、私だけじゃないんだと思うと、こころ強い気持ちになれます。ありがとうございます。

    それでもやっぱり、苦しむ姿は見ていてつらすぎます。。。

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    ココさま

    はじめまして、コメントありがとうございます。
    お返事が遅くなりすみません;
    ココさん、昨夜は辛い時間を過ごされたんですね。
    ハムちゃん、最後まで頑張っていたようで…
    1日経ち、現状がわからないのですが、どうかハムちゃんもココさんにも穏やかな時間の訪れを祈るばかりです。

    愛ハムが苦しむ姿をみることほど、辛いものはありません。
    ココさんが戸惑われたように、私もあの夜本当に辛く、何もできない自分の無力さにただただ悔しく辛く思ったのを覚えています。
    むしろこんな最期になってしまったのは私のせいなんじゃないのか、とさえ当時は自身を恨んだりもしたものです。

    しかし時が経ち、今ではやはり、どうすることも出来なかったんだと、
    見守り側にいて、声をかけてあげることしか出来なかった、きっとそれが最善だったんだと思っています。
    ココさんがそう悟られていたように、それこそが私たちにできる最後のお世話だったんじゃないかと考えています。

    この別れからは今秋でもう3年が経ちますが…
    なかなか明るみに出ないだけで、こういった別れは決して珍しくはないみたいだ、ということも感じるようになりました。
    ただやはりあまりにも辛いものだから、なかなか人に話したり公にしたりという機会は必然的に少なくなるタイプの別れなんじゃないでしょうか…

    私はあえて公表したのですが、
    公開後、その当時から今日のココさんに至るまで、似たような体験をされた方が辿り着いてくださいます。
    ブログのコメントに限らず、メール等でもお話を聞くこともありました。
    ココさんと同じように、皆さん本当に心からハムを愛し、彼らのために一生懸命にお世話してきたような方ばかりです。
    それでも、どんなに愛情を注いでも…どうしても辛い別れを伴うことも、あるみたいで。

    私は現時点で、希助を含め5匹のハムスターと別れてきました。
    2匹は若くしての突然死で、立ち会えませんでした。
    他の3匹はいずれも2歳超えの長寿ハムで、差はあれどみんな旅立ち時は苦しみを伴っていました。
    まだまだ元気、と思っていた子でも、です。

    お世話になっている動物病院の先生に言われた言葉があります。
    「ハムスターの寿命は本来もっと短い。それが飼育環境の充実等で、本来の寿命以上に生きられる子が増えてきた。でも身体そのものは長寿化むきにはなっていない。だからどうしても高齢になると病気になることが多くて、結果として病死となる子が多い」と。

    その言葉を受けて、今では考え方が変わってきた部分があります。
    きっと長く生きてくれたから、最後は体がもたなくなっちゃって、苦しんだのだと。
    そんなになるまで、ギリギリまでこの子は側にいてくれたのだと。
    ハムスターは不調を隠す生き物です。
    きっと長生きしてるうちに、私たちには気づかない部分が実はこっそりと、悪くなっていたのだと思うんです。
    でもそれはナイショにして、愛くるしい姿をギリギリまで見せてくれてたんだと思うんです。
    だから私たちは、どんなに辛い最後でも、しっかり側にいて寄り添うことが最後にできる恩返しなのだと思うんです。

    とはいえやっぱり辛いものは辛いです。
    その苦しさがハムちゃんによって差があるとしても、そんなの関係ないです。
    ココさんより私の方がつらい想いをした、なんてこともないです!
    大好きな愛ハムが苦しんでたら、辛くて当然ですもん、私だってココさんだって本当に心の底から辛くて当然です。
    ココさんが感じた辛さは、その分だけ積み上げてきた愛情の証です…!

    ココさんのハムちゃん、最後は苦しかったかもしれませんが、きっとそれでも幸せだったと思いますよ。
    だってそんなになるほど、長生きさせてもらえたんですもん。
    ココさんの愛情の賜物ですよ、2歳って。
    声かけてくれたりヒーリングしてくれたり、最後の最後まで愛情を注いでもらえたんですもん、いっぱい幸せだったと思います。

    なんだか長いご返信になってしまいすみません;
    ほんと、ハムちゃんとの別れは辛いのに…それを上回る幸せがあるから離れられないですよね。
    小さな体で大きな宝を恵んでくれるかけがえのない存在です。
    今はまだ辛いと思いますが、どうかご無理をなさらずに…!

  • ココ より:

    ぼんぼりさま、たくさんたくさんお返事をありがとうございます。本当に嬉しいです。
    あれから8月7日の夕方、母の手の中で旅立っていきました。私は仕事で立ち会えず、連絡をもらって知りました。

    亡くなる数日前からもうほとんど動けなかったため(寝返りもうてない)、周りに大好きなブロッコリーの葉っぱや、水で柔らかくしたペレット、大好物のおやつ類などを置いてあげていたのですが、たまに減っていたりしましたが遂に何も食べられなくなっていました。

    色々と調べていた時に、そうだ、自力でできないのなら飼い主からお水を飲ませてみようと思って、注射器?スポイト?のようなものであげようとして口に近づけた瞬間、
    「・・・!水!ずっと欲しかったんだ早くちょうだい!」と言わんばかりに、まだたらしてもいないし口にくわえさせたわけでもないのに、水を察知すると勢いよく手でガシッと掴み、自分からごくごくと飲み始めたのです。

    飲み終わると、いつもみたいに手をペロペロとなめたかと思うと、ムクッと起き上がり、動かない後ろの両足を引きずりながら、前足を使って動き回りました。

    しばらくすると疲れてまた横たわりましたが、生命が生きるのにどれだけ水が大事なのかということ、また、これだけ瀕死の状態となっても少しの水でここまで動けること、そして、はむちゃんの生命力に、ただただ驚かされました。

    それから1日に3回くらいを目安に水をあげるようにしていましたが、今振り返ると、それもはむちゃんの延命治療になってしまっていたのかもしれない・・・と思うと、とても複雑な気持ちです。

    実際、もう死ぬかもしれない・・・と思っても必死に生きているのが何日も続いたので、
    その姿を見ているのがつらすぎて、もう楽になってもいいんだよって声をかけても生き続けていて・・・少しでも楽になれるのならという想いでお水を飲ませていたけれど、
    結局はそれが逆に、苦しい時間を長引かせていた要因になっていたのかもしれないと思うと、胸が苦しくなります。。。

    子ハムの頃からずっと、ケージから出されて人間にさわられることを嫌がる子で、この時は抵抗する気力もなかったと思うので本心がどうなのかはわかりませんが、亡くなる前の2日くらいは、おとなしく静かに人間の手の中にいてくれました。

    体温も低く血液が滞っているように感じたので、医学の知識は全然ありませんが、
    血液やリンパの流れがよくなるように手の中でなでながら、名前を呼んだり、声をかけたり、ヒーリングをしたり、とにかく少しでも楽になれるように、、、そんな想いをこめて接していました。
    ありがとうと、たくさん伝えました。

    本当かどうかはわかりませんが、動物の魂はいつか人間に生まれ変わる、とも聞いたことがあり、
    この子は「ハムスターだから許される性格」という部分がいくつかあったため(それすらも愛くるしいのですがね)、人間界のちょっとしたアドバイスをしてみたり(笑)、
    人間の無意識的な「まだ生きていて欲しい」という気持ちが伝わってしまわないように・・・なるべく私自身も穏やかでいられるよう、気をつけていました。

    しかし、これだけ苦しい時間が長かったということは、その無意識的な想いが伝わってしまっていて、それもあったのかなと思うと、、、苦しいです。

    亡くなってはむちゃんの姿を見た時・・・。不謹慎なのかもしれませんが、とても悲しいのに、なぜかホッとしたというか、安心する気持ちが大きかったです。ああ、もうこの子が苦しむ姿を見なくてよいんだ、、、と思うと。。。

    魂が旅立ってから本当の最後のお別れまで数日あいてしまったのですが、死後硬直が進んでもなお、ずっと毛並みがよくて、ツヤツヤでサラサラでふわふわでした。まだ生きていて、寝ているだけのような気がして。
    このまま手の中であたためたら、また動き出すのではないかと思いました。けれど、染み出てくる体液や死後の独特のにおい、動かない変色したお腹などに気づく度に、現実を思い出します。

    いつもはむちゃんがいたところに、今でも気がつくと目をやってしまいますが、少しずつ気持ちを整理しています。
    今はただただ、天国で穏やかに幸せであれるように、ありがとうと感謝をして、祈っています。自己主張がとても強いので、歴代はむたちとケンカせずに仲良くやっていてくれるといいなあ。。。

    ぼんぼりさんがこうして勇気を出して記事を書いてくださったおかげで私自身も救われた部分があるので、本当に感謝しています。それはきっと、私だけではないと思います。

    ぼんぼりさんのお返事を拝見させて頂いて、こんなに今まで頑張ってくれたはむちゃんに、しっかりと感謝をしてお別れをしようと思えました。

    今回の子はジャンガリアンのノーマルですが、その前にいた子がわりとグレー要素が強めのパールホワイトの子で(毛がはえかわると模様が変わって興味深い)、その子は2年2ヵ月生きましたが、亡くなる直前に突然具合が悪くなり、その時にお腹の中に腫瘍があることがわかりました。そして、次の日くらいに突然亡くなりました。本当に、直前まで我慢して隠そうとするんだなと思いました。

    ・・・長々と、こんなに駄文、申し訳ございません。。。

    今回、ぼんぼりさんと出会えて本当によかったです。

    最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

  • ココ より:

    追伸すみません。

    手の中で名前を呼んだり声をかけていた時、ひとことめに名前を優しく呼ぶと、ねている耳がピンっ!と立ったり、
    声をかけ続けていると、耳を立て続けながら時々、開かないはずの両目がピクピクっとして、目を開けて私の方を見てくれようとしていた瞬間が何度もありました。

    その度に無理しなくていいよって話しかけていましたが、その度に涙が溢れていました。

    ちゃんときいてくれているのですね、人間の声を。
    ちゃんと感じていてくれているのですね、わたしたちの存在そのものを。

    コメントが編集できないので、追伸、失礼いたしました。
    ありがとうございます。

  • 通りすがり より:

    こんばんは。
    私は一昨日、同じような症状で五十嵐(ハムスター)1才3ヶ月をなくしました。
    安楽死を考えるほど壮絶な最後でした。
    ホントに同じような状態でした。
    目が落ちるのではないかと思うほどの痙攣…
    連れていった夜間の病院で脳腫瘍ではないかと言われました。
    思い返せば、数日前に2階でごはんを食べるのに階段でヨロってなっていたことと
    あれ?目が見えてない?って思った事があったのです。
    様子を見ていましたが特に変化は感じませんでした。
    ただその日は歯のカットの為に病院へ行ったのですが
    今までにない怖がり方をしましたが
    病院がイヤなんだなぁと認識していました。
    夜中の1時過ぎに異変を感じました。
    動いてはいるのですがクルクルと同じ場所で回ったりと明らかにいつもとは違う動きで
    驚いた私が手の中に入れても動いてしまいます。
    そのあと直ぐに痙攣が始まりました。
    病院までもつだろうかと不安の中病院まで連れていきました。
    脳腫瘍かもしれないと言われました。
    鎮静剤を打ってもらいましたが30分ほどしか持たず、またひどい痙攣が五十嵐を襲いはじめました。
    同じように失禁もしました。
    朝方7時前までがんばってくれましたが私の手の中でハムハムランドへ旅立ってしまいました。
    主様の気持ち痛いほどわかります。
    なぜこんな事になってしまったのか自分を責めても答えは出ず、涙ばかりの生活です。
    この悲しみ苦しみは痙攣を起こしたハムちゃんを目の当たりにしないとわからないかもしれません。
    同じような苦しみはもうしたくないし見たくないです。
    この病気はいったいなんだったのでしょう?
    ホントに脳腫瘍だったのでしょうか?

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    ココさま

    こんばんは、コメントありがとうございます。
    ご返信が遅くなり申し訳ありません;
    ハムちゃん、旅立たれたのですね。心より御冥福をお祈りいたします。

    数日前からの変化等、ココさんなりに色々と一生懸命だったことが伝わります。
    お水の力も、大きいんですね。
    ココさんは「延命治療だったのかも」と複雑に思われているとのことですが、私は逆に、最後の方希助にお水をきちんとあげられる処置が出来ていなかったように後悔しているので…ココさんがしてあげられたことはとても眩しく思えます。
    『欲しいものが手に入る』ことほど幸せなことはないと思います。
    ハムちゃんの喉の渇きをココさんが癒してあげられたこと、とても良かったと思います。

    ハムスターという小さな生き物が見せる、信じられないほどの「生きようとする力」には本当に驚かされますよね。
    そんなに頑張らなくても、とこちらが動揺してしまうくらいに、彼らは一生懸命で…
    もしかしたらそれは、人間よりシンプルで尊い生きたいという本能なのかな、と感じることもあります。
    きっと人間と違い、彼らは最後まで諦めないで頑張る強さがあるんですよね。

    だからこそ、やっぱり私は、彼らが戦い続ける限りは私たちに出来る色々を尽くすことはきっと彼らに何かしらの形で届くと信じています。
    ココさんがハムちゃんのために尽くした色々は、なにも無駄でなかったと思います!
    おっしゃるように、想いや言葉は、きっと伝わっているんじゃないでしょうか。

    実は昨日で、ハムスターと暮らす生活が丸5年を迎えた頃でした。
    希助の別れ含め、嬉しいことも悲しいことも含めて色々あった5年で、想いもさまざまです。
    同じ月日だけブログを綴ってきて、ときおりその行為に悩みも生じるのですが…
    ココさんのようにお立ち寄りいただく人がいたりするので、私こそ救われたりするのです。
    希助の別れから2年以上たった今でも、また新たに気づくことや前に進めるきっかけになったりするのです。
    こちらこそ、ありがとうございます…!

    大切だった分だけ喪った悲しみは辛いと思います。
    流した涙は愛情の証です、ココさんのペースで、ゆっくりとハムちゃんのこと歩めますように(^^*

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    通りすがりさま

    こんばんは、コメントありがとうございます。
    五十嵐ちゃんとの別れがあったとのことで…
    まずは五十嵐ちゃんのご冥福をこころよりお祈りいたします。

    希助と同じような凄絶な最期だったのですね。
    私も未だにあの夜は忘れられません、それほどまでに辛く厳しい別れだったので、通りすがりさんの心中を思うと非常に辛いです。
    本当に、きついですよね…

    五十嵐ちゃんに限らずですが、ハムスターの病気はまだまだ分からないことも多いと思います。
    自分の経験を省みても、ハム友さんの経験を聞いてみても、獣医師さんの話でも…
    「ハムスターという生き物と暮らすこと」はとてもポピュラーになったけれど、一方で、まだまだ彼らの病気の全容・医療サポート等は発展途上だと感じています。
    身体が小さく寿命が短いこと、ペットとしての歴史が浅いことなどから、飼い主として欲しい情報、欲しい答えが摸索中であることも少なくないように感じます。

    脳腫瘍「かもしれない」と言われたように、
    その可能性も、そうじゃない可能性もあると思います。
    この真実については、なかなか明確にするのは難しいのかもしれません…

    ただひとつ私が言えることは、
    こういう旅立ち方をするハムスターは、もしかしたら意外と稀なケースではないのかもしれない、ということです。
    この記事を書いてから2年半以上が経ちますが、同じ経験をされた方がこのように絶えずアクセスしてくれたり、コメントやメールをくださったりします。
    なかなか明るみに出す話でもないので、知る機会が少ないだけかもしれません。
    共通するのは、この経験をした人たちはみな本当に辛い思いをしたということで。
    あんな苦しそうな姿、見たくなかったですよね、あんな想いさせたくなかった。
    それだけは痛いほどわかります。
    自分を責めてしまう気持ちも…

    すみません、ろくな返答になっていないですね(/_;)
    五十嵐ちゃん、辛かった反面で最期まで本当に一生懸命戦ったんだと思います。
    その頑張りをそばで通りすがりさんが最期まで見届けてあげられたことは、五十嵐ちゃんにとっては良かったんじゃないかな…って思いたいです。
    誰も知らないところで一人苦しみ旅立つよりも。
    私は希助とのあの別れで私にできた最後の仕事が、見守ることだったのかな…と今では思うようにしています。

    私もあの夜の思い出は消えません。
    どうすればよかったのか、何ができたのかなって自問が続いてました。
    でもきっと、あの時の私には、出来ることが限られていたんだと。
    過去は変えられないから、せめて…あの夜を、あの頃の後悔を忘れずに「今」出来ることに努めるようにしています。
    あくまで私個人なのですが;

    五十嵐ちゃん、ハムハムランドでは楽しく元気に過ごせますように。
    通りすがりさん、ハムちゃんを大切に思っていたほど辛さや後悔は深くなると思います。
    どうか無理せずに、流した涙の分だけ愛していた証なんだと、私はただただそう思うばかりです…。

  • 五十嵐撫子(あちゅみん) より:

    ぼんぼりさま。
    お返事ありがとうございます。上の『通りすがり』です。
    昨夜はコメントを拝見して大泣きしてしまいお返事ができませんでした。
    優しいお言葉ありがとうございます。

    おっしゃる通り私も稀なケースなのではないかと思っていました。
    検索しても同じような症状の子がなかなかヒットしませんでした。

    いつかお別れが来るのは覚悟していましたが
    こんな壮絶なお別れになるとは思っていませんでした。
    ぼんぼりさんも私も最後を看取ることができたので
    どんな状態で亡くなったのかということがわかっているのですが
    お留守番をしていてこの状態で亡くなってしまう子もいるのでは?とも思っています。
    その場合は表に出ることもなく
    悲しいことに『急死してしまいました』だけになってしまいます。。。
    本当にハムちゃんの医学がもっと進歩してほしいものです。
    命を守るための医療だけども2~3年という寿命の短さのために
    後回しにされてる感も否めません。
    命あるものみんな平等だと思うのです。

    なぜ、いがちゃんがあのような苦しみを味合わなければならなかったのか?
    いがちゃんに何があったのか?
    私の選択は間違ってなかったのか?
    出ない答えを自問自答の繰り返しです。
    希助くんだってそうですよね…
    私はいがちゃんに『こんな病気もあることみんなに知らせて!』って
    言われてる気もしています。
    少しでもハムの飼い主さんたちに、こんなこともあると伝わればと思っています。
    いがちゃんが私に残した宿題かな?って。

    ツライです。悲しいです。
    同じ経験をされた、ぼんぼりさんのツラさに心が引き裂かれます。
    おかしくなってしまいそうです。
    こんなに酷いペットロスは初めてです。
    ぼんぼりさんとお会いして一緒に泣きたいです。

    原因が知りたい。せめて考えられる原因だけでもいいです。

    人も動物も持って生まれた寿命があると思っています。
    だけどあんなに小さな子にあれほど酷い壮絶な最後を運命にしてしまうとは
    神様に文句言ってやりたいです。

    いがちゃんに会いたいです。
    もう1度手の中で眠って欲しいです。
    無理なこととは言え、もっと長生きさせてあげたかった。
    静かな最後を迎えさせてあげたかった。

    希助くんと五十嵐が結んでくれたこのご縁を大切にしたいと思っています。
    ありがとうございました。

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    五十嵐撫子(あちゅみん)さま

    こんにちは!
    引き続きのコメントありがとうございます。
    実は私自身はあれから2年半が経ち…
    当時と今では考え方に変化もあり、以前に比べ悲観さは薄れている傾向にあります。

    それは決してあの頃の悲しさ・辛さが消えたというわけではなくて。
    (お伝えしたように、本当に忘れることなんて出来ない辛かった夜です。。。)
    (今も昔も、あんな辛い目にあって欲しくなかったのは変わりません!)

    『ペットとしてのハムスター』の難しいところを意識するようになったからなんです。
    あちゅみんさん自身も感じられているハムちゃんの医療等の葛藤ももちろんあります。
    ただその葛藤の背景に、我が家がお世話になっている動物病院の先生に言われた言葉でとてもしっくりくるものがあって。

    希助旅立ち後、私は2匹の高齢ハムの闘病と旅立ちを経験しました。
    希助含め、2歳半前後と長寿だった3ハムはいずれも老いるにつれ病気をするようになりました。
    病気を発症する原因についてはもちろん、飼い方やもともとの性質もあると思います。
    でも出来る限り元気でいてほしい、そう願うのがわたしたち飼い主。
    『なにをどう気をつけていたら、病気にならずに済んだんでしょうか』
    『回避策は、なかったんでしょうか?』
    3ハム目の闘病中、ある時病院で、そんな風に獣医師さんに聞いてみたことがありました。
    先生は原因はさまざま考えられることは前提とした上で、こんな話をしてくれました。

    そもそもハムスターという生き物自体が、本来はこんなに長く生きる子たちじゃない。
    野生化ではもっともっと短いサイクルで(それこそ1年とか)世代交代していくので、
    身体自体が長持ちするように出来ていない。
    だからどうしてもいつかガタが来てしまう。
    ペットとして生きるようになったことで今では長生きの子が増えたけれど、反面でその長さに耐えうる身体ではないから…
    元気なまま、というのはなかなか難しい。

    そんな風に話をしてくれたんです。
    思えば結局、これってわたしたち人間にも言える同じことで。
    誰しもが安らかな最期、いわゆる『老衰』での旅立ちを自分自身にも家族にもペットにも望んでいると思うんですが、
    実際の死因をみてみると、圧倒的に病死が多いのが現実です。

    人間もペットも寿命は伸びているけど、
    長生きするからこそ病気のリスクが高じ、結果として病死が増える…
    だからこそ、現実では安らかな最期は皆が望むよりもずっと少ないのかなと感じています。

    もちろん一番いいのは長寿の末の穏やかな旅立ち。
    ただ現状においては、人もペットもまだその域には到達できていないと思うのです。
    ペットというカテゴリでみるとハムちゃんが後回し感あるのは私も感じてはいるのですが、
    ハムスターの小ささが抱える原因究明・治療の難しさや、彼らがギリギリまで不調を隠す性質をもっているために気づけない変化もあったりして、
    一早い医療発展を願うけれど、なかなかいろんな事情もあって難しいのも現状のようです。
    チリも積もれば山、じゃないですが…
    本当に少しずつ積まれた実例がやがてやっと通例として実を結ぶようになるんだと思います。

    だから今は…どうしても過去は変えられないので、希助が身をもって私に教えたくれたことを、せめてそのままにせず活かしていきたいと思っています。
    今できること、私にできること、あちゅみんさんが仰るように、「こういう旅立ち方があった」ということを残しておくことは、きっと意味のあることだと思っています。
    (いがちゃんの宿題、ほんとそうかもしれません…)

    そんな風に捉えはじめた時、少しずつあの夜の出来事の価値が私の中では変わってきました。
    一時は愛するハムを長生きさせること自体が、本当に彼らにとって良いことであるのかどうかもわからなくなったりもしました。
    それでも勝手な想いですが、やっぱり出来るだけ長く一緒にいてほしい。
    それにきっと、人間以外の動物は出来るだけ「生きること」を望んでいるとも思うのです。
    いわゆる自殺という概念がないのなら…本能的にきっと、最後まで生きることを諦めないと思うのです。

    だから私は出来るだけ長寿や闘病のサポートをし、
    その末に迎えるどんな終わり方も、可能な限り立会い受け入れたいと、今ではそう思っています。

    またまた長くなりましたが;
    希助も五十嵐ちゃんも本当に辛い想いをしました。
    私もあちゅみんさんも。
    出来ればあんな出来事起きて欲しくなかった、でも起きてしまった…

    原因を解明すること、なかったことにすることは難しいけれど…
    希助があのように旅立ったから私はブログにそれを書くことになりました。
    当時はこんな経験私だけなのかと思っていました。
    でもやがて年月を経て同じ経験をしている人がいることを知ることができました。
    あちゅみんさんのコメントで、また一人増えました。そう、ご縁です。

    ほんの些細なことですが、「稀なケース」としているものが「稀ではないかもしれない」という認知が広がれば、
    いつかは解明され解決法ができ、同じ苦しみを味わうハムちゃんが減るかもしれません。
    ハムスターという生き物全体の未来で考えた時、私はきっと、希助も五十嵐ちゃんも、きっと無駄な経験ではなかったと思います(/_;)

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    五十嵐撫子(あちゅみん)さま

    すみません、長寿の例で話をしてしまったんですが;
    なんかグダグダに長くなってしまい誤解があったらごめんなさい;
    あちゅみんさんがおっしゃるように持って生まれた寿命はきっとあって、
    それが(私たちにとって)とても短い運命であるハムちゃんも少なくないように感じています。。。
    それを踏まえてやっぱり何かしらの疾患を彼らが抱える可能性も稀じゃない気がしていて。
    「急死してしまった」ケース含め、若いうちでの突然死はわりと多い印象を受けています。
    我が家も2ハムは若いうちの、知らないうちの突然死でした。
    でももしかしたら、苦しんだ可能性もあるんですよね、立ち会えなかったから真実がわからない…

    どんなケースであれ、私個人はやっぱり穏やかな最期の方がハムスターは少ない気がしています。
    (人間やワンちゃん猫ちゃんもか;)
    彼らが穏やかに過ごし、穏やかに旅立てる世界が、未来になってほしいと願うばかりです。。。

  • あちゅみん より:

    こんばんは。
    お忙しい中お返事いただきありがとうございます。
    ペットを飼うということが人間のエゴなんだとは思うのですが一緒に生活したいですし
    幸せにしてあげたいって思ってしまうんですよね。
    何かを買ったら『いがちゃん、喜ぶかな?』とかって。
    自己満足なんですけどね。
    だけど気に入ってくれたら嬉しいですし幸せなんです。

    確かにお医者様のおっしゃる通りですよね。
    動物が長生きになってしまってと言うのは。
    良いことなんですけども。
    いがちゃんの病院でも自分のこともままならないようなお年寄りが大切に猫ちゃんやわんちゃん連れて来られてました。
    生き甲斐なんでしょうね。
    ペットのお世話があるからがんばれるんでしょうね。

    いがちゃんが亡くなってから勝手に涙が出てきてずっとひどい腰痛だったのです。
    多分いがちゃんの仕業かなって思ってます。
    今日は涙することが少なかったのですが
    腰の痛さがかなりマシになってます。
    ぼんぼりさんにはツラい思い出を思い出されるようなことになってしまって
    申し訳なかったと思っています。
    私のフォロワーさんにも同じようなことがおありになったようですが
    深くは聞けなかったです。
    明日でいがちゃんが亡くなって1週間です。
    今日はフォトフレームにいがちゃんの写真を飾りました。
    昨日はキーホルダーにいがちゃんの写真を入れました。
    少しずつ気持ちが落ち着いてきています。
    ぼんぼりさんのお優しい言葉。
    フォロワーさんの『いがちゃんは近くにいるよ』っておっしゃってくださったこと。
    どんな形であれ、ペットを亡くすというツラい気持ちを共有してくださったこと。
    いがちゃんの写真を常に一緒に持ち歩いて抱きしめること。
    少し前に進めそうです。
    ホントに寄り添っていただきありがとうございます。

    これからの獣医療がますます進歩して
    希助くんといがちゃん、他にも同じような症状でなくなったハムちゃんの謎が少しでも解けることを切に祈っています。
    そして症例として広まることも祈っています。

    ぼんぼりさん。本当にありがとうございました。
    そしてこれからもよろしくお願いいたしますね。

  • korimana(・ω・) より:

    突然のコメント失礼します
    ずっとブログは読ませていただいていましたが、コメントのタイミングを逃していました(^^;)
    なので希助くんのことも、もちろんあられちゃん、いずもちゃん、おくにちゃん、ちとせちゃん、最近の茶太郎ちゃんやのどかちゃんのことも読んでいました。

    私も昨日、ハムちゃんを亡くしました。名前はれおんといいます。
    れおんで9匹目だったのでそれ自体は私にとっても珍しいことではないんですが、れおんも苦しんでの最期になったんです

    れおんは爪が伸びやすかったり、夏ごろから寄生虫がいたりで、正直健康体な子ではなかったんです

    特にここ1か月ぐらいは食べ残しも増え、特に直近1週間ほどは体重が30gを切ってしまい、もしかしたら年越しは難しいかもしれない・・・とうっすら思っていました(れおんは3月上旬生まれなので、この冬を超えれば2歳なのでこの冬が勝負だと気合を入れていたんですが)

    そして28日の23時ごろ、れおんがじっとうずくまっているのに気づき、抱き上げたらぐったりとして体温も冷たかったんです
    毎日手の上で与えていた大好きだったチューブ状のプロテインも食べられなくなっていました。これが食べられなくなったらもう終わりだろうと思っていたので最期だということはすぐにわかり、このまま看取ろうと手の上でずっと声をかけていました

    それから1時間ほどは穏やかな時間で、このまま眠れるように終わってくれることを願っていました
    しかし日付が変わって29日になったころから、れおんは痙攣を起こしたり、不自然に体を伸ばしたりねじったり、手足が震えだしたんです

    先述したように完全な健康体な子ではなかったので、少しはこうなるのも当然なのかもしれませんが、やはり苦しんでいる姿を目の当たりにするのはとても辛いものがありますよね・・・
    もちろんれおんが逝ってしまうのはいやだけど、それよりももう苦しむのはいや、やめてあげて、もういい、終わって・・・ずっとこう思っていました
    もしこのまま何時間も苦しむなら、いっそ私の手で・・・ともよぎりましたが、そんなことしたら一生私は自分を許せなくなる。れおんもそんなことは望まないはずだ・・・と思いとどまれました

    れおんはその後、痙攣や苦しみと穏やかな眠りを繰り返して0:45ぐらいにお空に旅立ちました
    もちろん何時間も壮絶な苦しみ方をした希助くんとはくらべものにはならないと思います

    でも希助くんのこの記事を読んでいたから、私も苦しんで逝くハムスターの存在を知っていたし、他人事ではないんだと心に留めておけたから、れおんを見送ることができました

    もしこの記事を読んでいなかったら、もしかしたら私はもっとパニックになっていたかもしれません。
    私がまだ穏やかにれおんを見送ることができたのは、希助くんとぼんぼりさんのおかげだと思っています。本当にありがとうございます

    希助くんの最期は本当に辛くて悲しくて、目をそらしてしまいたくなるけど、ハムスターに限らず動物と暮らしている人には1人でも多くに知ってもらいたいと思います
    希助くんの命と苦しみが、多くの人の助けになれるように。

    希助くんの命日である11月30日に残したかったんですが、コメント書いているうちに日付が変わってしまいました(^^;)

    最新記事ももちろん追って読んでいます。栗丸くんかわいいですね(^^)
    またコメントさせていただきますね☆

  • korimana(・ω・) より:

    あ、忘れてました(・・;)
    ちとせちゃんとのどかちゃんのお誕生日、おめでとうございます☆

  • ぼんぼり ぼんぼり より:

    korimamaさま

    こんばんは、コメントありがとうございます!
    ブログ、以前からご覧いただいていたとのことで…
    希助にはじまり最近の茶太・のどかまで、ありがとうございます(´;ω;`)

    そして…れおんちゃんとお別れされたばかりなのですね。
    きっと誰しもがハムちゃんの穏やかな生涯を願っていることと思いますが、
    時に残酷なほど辛い最後の試練が訪れることもあって。
    れおんちゃんもまたその試練に向き合うこととなったみたいで、
    その辛さたるや、れおんちゃん自身はもちろんのことそばで見守っていたkorimamaさんの心情を思うと胸が張り裂けそうです…

    本当に、本当に愛しい存在が目の前で苦しむのを見る辛さ、
    その程度の大小に関係なく辛いはずです。
    逝ってしまうのはいやだけど、これ以上苦しんでほしくない、いっそ…
    という気持ちも痛いほどわかります。
    それでもどんなに苦しくても、最後までkorimamaさんがれおんちゃんのそばにいてあげられたこと、本当によかったと思います。
    毎日手の上でプロテインをもらっていたりと、れおんちゃんにとってkorimamaさんは安心できる存在だったでしょうし、苦しい時に見守ってくれたこと、れおんちゃん嬉しかったと思います。
    れおんちゃん頑張りましたね。korimamaさんも。

    11月30日は私にとって特別な日で、
    昨日もその日に色々な思いを馳せ空を偲びつつ、特に話題にはしていなかったのですが、
    こうしてkorimamaさんにコメントをいただいて嬉しかったです。
    3年前のこの日の衝撃を今でも忘れられません。

    それでもこうしてkorimamaさんのように、時々似た経験をされた方が立ち寄られることがあって。
    あんな地獄のような夜でも、その事実を残しておくことでいつか誰かの何かになり得ることもあるんだ…と知るたび、むしろ私自身も報われます。
    でも一番は、そんなハムちゃんが少しでもいないことがいいんですけどね;

    れおんちゃんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
    もともと色々ハンデのある子だったとのこと、生きること自体にもきっと常に一生懸命だったと思いますし、それもkorimamaさんのサポートあっての二人三脚だったのだろうと思います。
    年齢や最期に関係なく、私はおふたりを讃えたいです!

    れおんちゃん、空にはきっとこれまでのkorimama家の仲間もいるし、
    我が家のハムずもいるので、是非一緒に遊んで楽しく過ごしてね。

    そしてちとせ・のどかの誕生日お祝いもありがとうございます(´;ω;`)
    これも何かの縁…
    きっと、れおんちゃんが結んでくれた縁だと思いますので、
    ぜひ今後も遊びにいらしてください(^^*

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